『我が家のお稲荷さま。』に見る「妖怪」としての狐 —狐女房型との構造分析の試み—

2017年08月21日 23:32

キーワード:妖怪,陰陽五行思想,狐女房型,構造分析

Ⅰ 作品概要
『我が家のお稲荷さま。』(以下『お稲荷さま。』)は、柴村仁・原作、放電映像・イラストのライトノベル(以下「原作版」と表記)で、現在番外編を含む7 巻までが刊行されている。『月刊電撃コミックガオ!』(2007 年4 月号〜2008 年4 月号)、『月刊コミック電撃大王』(2008年6 月号〜)にて松風水蓮によるコミック版が連載されているほか、2008 年4 月〜9 月にかけて、テレビアニメ『我が家のお稲荷さま。』が独立UHF 局にて放送された。
 原作版、コミック版、アニメ版にほぼ共通している最初のエピソードは以下のとおりである。
 高上昇、透の兄弟はある日、透が妖怪に狙われているということで、母親・美夜子の実家、三槌家の保護を受ける。妖怪の襲来に備えて、三槌家によって封印されていた妖怪、天孤空幻の封印を解くことになる。空幻は、自身を封印に追いやった三槌家への協力を一度は拒否するが、透が美夜子の息子と知ると協力的になる。その夜、妖怪が現れるが空幻の圧倒的な力によって退けられた。空幻のその後の処遇について、空幻の提案——高上兄弟の守り神となる——に
より、高上家に居候することになった。その際、三槌家の護り女である巫女のコウも、空幻のサポート、監視を兼ねて三槌家から派遣される。


Ⅱ 登場する妖怪のビジュアル
 空幻は妖狐の中でも1000 歳を超え、千里眼など強力な能力をもつという「天孤」と設定されている。しかし伝説上の「天孤」は、尾が4つあるのに対し、祠にいた空幻の尾は1 つで、そこは柴村のオリジナルなアレンジが加えられている(図1)。

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図1 狐状態の空幻(1)


 また、1000 年以上生きているゆえに、「現に俺は、そもそもオスとして生まれたのかメスとして生まれたのか、はっきり覚えておらん。今となってはどうでもよいし、な」(柴村,2004:58)と発言していることから、美少女、美少年の両方に化けることができる(図2,3)。

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図2 人間(女)状態の空幻(2)

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図3 人間(男)状態の空幻(3)


 空幻は、高上兄弟を守護するために三槌の屋敷に来た際には巫女装束、高上家に居候したのちには洋服を着ている(図4)。時折、狐の耳の部分を隠さないことがある。この点については、「猫耳萌え」など、動物の擬人化を対象と
する「萌え」のジャンルの一端を表現しているようにみてとれる。

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図4 洋服を着た空幻(4)


 『お稲荷さま。』に登場するキャラクターのビジュアルで特徴的なのは、土地の神である。原作版第3章で初登場したコンビニのオーナー、恵比寿(図5)は、高上兄弟が暮らす町にある羽柴神社に奉られている「土地の神」である。普段はコンビニの経営者を勤めていることから、人間のような美青年として描かれているほか、私たちがイメージしている七福神の中の恵比寿の「穏やかな顔」つきも、彼の表情にも反映されているようである。

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図5 恵比寿(5)


 神がコンビニ経営者をしているという理由については、自身に商売繁盛のご利益があることから、「うちの神社も不況のアオリ食らっちゃってさ〜。賽銭だけじゃ生活ままならんのよ」「世の中カネ、っつーのはどこの世界でも一緒だよ」(前掲:191)と発言しており、神々の事情にも現代的なアレンジが加えられている。
 次に、『お稲荷さま。』の現代的な狐の描かれ方を考察するに先立って、たち日本人の狐観の歴史を整理する必要がある。


Ⅲ 狐観の諸相
(1)中国の狐観
 狐と日本人との関係は、古来より密接であった。そのため、狐の生態に基づく物語や説話、民俗が多数生み出されていた。民俗学者の吉野裕子は、その諸相の起源を、中国における狐の影響としている(吉野,1980:iv)。すなわち、中国における狐の伝承は、狐が女に化け、人間の男を誑かすことが多いということと、中国の古代思想である陰陽五行思想において、狐がその関係の象徴として捉えられていたことが日本に輸入されたとしている。
 陰陽五行思想とは、あらゆる森羅万象は「木火土金水」の五原素のいずれかに還元され、それぞれの原素には相生、相剋の関係があるという考え方で、約5000 年前に発明された。相生とは、木火土金水が順送りに相手を生じていく関係を、相剋とは木火土金水を順送りに剋していく関係をいう。この陰陽五行思想は色彩、方位、季節、惑星なども象徴する記号的関係として考えられていた。その思想に基づくと、狐は、「土気」すなわち、色彩は黄、方位は中央というように表すことができるのである。
 『お稲荷さま。』で描かれる妖怪などとの戦闘シーンも、この陰陽五行思想を基本としている。第1話に登場した妖怪は「木気」に属しており、これを剋するのは「金気」の力であるという関係が指摘されている(柴村,2004:24)。コミック版ではこの陰陽五行思想を解説しているページがある。
 しかし、本来の陰陽五行思想において狐は「土気」に属するが、『お稲荷さま。』の空幻は「金気」の妖怪として設定されている。これは原作第1巻冒頭で「金気の物の怪……」「……狐、か……」(前掲:24)と、三槌家の者が発言しており、その設定は稲荷信仰の「白狐」を柴村がアレンジしているのではないだろうか。
 通常、狐は黄狐であり、上述のように土気に属するが、京都の伏見稲荷大社に鎮座しているような神に仕える「白狐」は金気に属し、「土相金」によって金属、貨幣、富などを生むものとして信仰されている(吉野,1980:134-136)。稲荷が鍛冶職に信仰されるのも、白狐が「土相金」の体現者であるゆえである。そのような設定の上で、空幻は戦闘の際、扇子を刀に変化させて使用しているとうかがえる(図6)。

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図6 刀を武器として使う空幻(6)


(2)日本人の狐観
 様々な伝承や陰陽五行思想に代表される中国の狐観が日本に輸入され、アレンジが加えられた(吉野,1980:47-50)が、『日本昔話大成』によると、人間と狐や蛇など動物(異類)との婚姻を主要な枠組みとする昔話「異類婚姻譚」が数多く見られる(川森,2000:66)。
 そのうち、狐が女に化けて人間の男と結婚するという事例を「狐女房型」と呼んでいるが、ここでは安倍晴明の出自として語られた「葛の葉」伝説を例に、日本人の狐観を見る。

 信太の森の狐は、安倍保名に生命を助けられ、葛の葉という娘に化けて、保名の妻となる。二人の間には童子丸という男の子まで生まれたが、ある日、正体があらわれ、そのため、
 恋しくば たづねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉
という歌を残して去る。童子丸は成長し、後に高名な安倍晴明という陰陽師になった。(7)


 この伝説には、狐の「子別れの儀式」——生後4、5 ヶ月の子狐に対して、親狐が身をもって巣から子を追放する——に基づくもので、古来より日本人は、男女間の別れもさることながら、母子の別れの方により美学的な哀愁と魅力を感じていたという考え方がある。
 他方、口承文芸の構造分析的な見方は、このような狐女房型の説話は多数あり、表1のように共通するパターンが見られるという指摘から、狐女房は人間の男と結婚することで、家(土地)や子どもに富をもたらすものとして描かれており、そこから、田の神(農業)の信仰と結びついた「稲荷信仰」を読みとることができるとする考え方である。

表1 「狐女房型」の共通するパターン
ある男が狐を助ける
その狐が女に化けて妻となる
二人の間に子どもが出来る
女の正体がばれる
歌を残して去る
残された子供は出世して高名な人となる



Ⅳ.現代の日本人の狐観
(1)自然哲学からの指摘
 先に見たように、狐は人間に化けることで人々をだますという説話が多数であった。しかしこの説話にも変化が訪れた。現代の日本人は近代化によって、狐にだまされたという話がなくなったという見方である。
 哲学者の内山節は、現代の日本人が狐にだまされたという話を新たに聞くことがなくなったのは1960年代に起こった、様々な社会構造や人間精神の変化であったと指摘している(内山,2007:34-70)。
 内山の指摘はおよそ次の二点に要約することができる。第一に、かつて自然や神々と人間との間のコミュニケーションが成立していることを感じながら暮らしていた民俗社会の人々が、高度経済成長により、経済を媒介としたコミュニケーションを中心にして、自身の精神をつくりだすことになった。また、民俗社会の人々が必要とする様々な情報は、テレビや電話といった新たなコミュニケーションの方法により、自然から読む必要がなくなった。それにより、自然や狐など動物からの働きかけに応じる能力を失ったためであるという。
 第二に、近代科学による自然と人間との関係のが大きく変容したためである。近代科学によって説明できないものはすべて誤りであるとして排除する風潮が強くなった。それゆえに、狐にだまされることは迷信であると捉えられていた。そこには、自然の神秘的な力を否定する近代科学が、自然を人間から分離させ、民俗社会を解体し、自然を客観的な資源として見なしたという背景がある。

(2)「萌え」の対象としての狐
 2000年代に登場する妖怪まんがでは、「萌え」の対象として妖怪が描かれているものが多い。猫や狐といった動物の妖怪は、既にそれらの擬人化を通して「萌える」というジャンルがある。
 それらは伝承上で人間(しかも美少女・美女)に化けることができる点を活かして、この設定を無意識のうちに定着させている。このジャンルに「萌える」人々は、猫だから、狐だから人間に化けているという意識が働くことなく、人間の姿の上に猫や狐を重ねて、「彼女ら」を愛でているようにうかがえる。
 狐が人をだますという話が消えてから、それが「萌え」の対象となるに至った要因は、単に「オタク」など一部の人間が愛でているだけだという言説にとどめるのは疑問がある。今後詳しく検討する必要があるだろう。
 また、『我が家のお稲荷さま。』という表題に対しても、これまで見てきたように、狐と稲荷の記号的関係から、柴村は現代でも根強い稲荷信仰の設定をアレンジして活用している。高上兄弟も、妖怪の存在に対して激しく動揺していたが、 空幻が高上兄弟の守り神——我が家の「お稲荷さま」——となることで妖怪がいる日常を受け入れているとすることはできないだろうか。


Ⅴ.『お稲荷さま。』と「狐女房型」の構造分析
 最後に、『お稲荷さま。』に登場する空幻と高上兄弟の母・美夜子との関係を軸に、「狐女房型」との物語の構造分析をおこなう。

(1)口承文芸の機能と民俗社会
 口承文芸は、それらを受け入れる共同体=ムラ=民俗社会によって、「伝説」「昔話」にはそれぞれに機能が生じている。すなわち、「伝説」は民俗社会の中に生じた異常事態に対して、説明を与え、意味を付与することで事態を解消する機能がある。ある異常事態に対して「妖怪のしわざだ」というように説明することによってて人々は納得するのである。「昔話」は、教訓的な性格から、民俗社会の人々の価値観を形成していくと同時に、自身の社会の価値観を見出していく機能がある(川森,2000:17-25)。
 こうした民俗社会が崩壊したことは、先に指摘したような、狐にだまされたという話が消えたこととの関連性にもある程度の説明がつく。『お稲荷さま。』の高上兄弟もまた、そうした現代社会に育ったために、当初は妖怪の存在に動揺していた。

(2)空幻と美夜子との関係
 表2は、空幻が三槌家に祀られてから高上兄弟の守り神となるまでの動きを簡潔にまとめたものである。すなわち、数百年前に三槌の守り神として祀り上げられた空幻だが、気分屋な性格ゆえに、人間界で行き過ぎたいたずらをする。それが人々の怒りを買い、三槌家によって封印される要因となった。しかし高上兄弟を守るために封印が解かれ、兄弟の守り神となって現代社会に入ることになった。

表2 空幻の行動
 三槌家の守り神として祀り上げられる
人間界で行き過ぎたいたずらをする
三槌によって封印される
高上昇によって封印が解かれる
高上兄弟の守り神となる


 これに対して美夜子は、伝統的な民俗社会、水気の司祭としての三槌家の中で生まれ育ち、空幻と接触した。ある日、学校に通うため、三槌家を出て現代社会へ向かった。そこで高上兄弟の父と出会い、結婚し、子供を授かった。しかし三槌の司祭は短命であるという宿命により30歳の若さで他界した。この流れを表3に整理した。


表3  美夜子の行動
三槌の司祭となる
空幻と接触する
三槌家から出て行く
 結婚し、2人の子どもを授かる
死去(30歳)


 これらの動きから、この二人の移動する場所は人間界、そのうち高上兄弟らが暮らす現代社会と、三槌家のある民俗社会、そして空幻や妖怪が暮らす異類界のという3つの世界がある。このうち、『お稲荷さま。』の民俗社会は、異類界と人間界を仲介する世界という機能がある。伝説や昔話が語られる民俗社会には、異類界と密接な関係があったように、『お稲荷さま。』の物語世界でも、妖怪と人間、三槌家と空幻、美夜子と空幻という関係において、密接に描かれている。

(3)「狐女房型」との構造分析
 3章で見た、異類婚姻譚・狐女房型を振り返っておくと、異類界から出た狐が人間の男に助けられ、人間界へ入った。二人の間に子どもを授かったが、女の正体が狐と分かると、その狐は再び異類界へ戻っていく。残された子どもは出世したり、不思議な能力を身につけるというパターンである。
 「狐女房型」と『お稲荷さま。』の物語構造を比較すると以下のとおりである。

表3 「狐女房型」と『お稲荷さま。』の構造比較
「狐女房型」『お稲荷さま。』
ある男が狐を助ける 空幻が三槌の守り神として祀り上げられる
その狐が女に化けて妻となる空幻と美夜子が接触する
二人の間に子どもが出来る美夜子が三槌家から出て行く。
その後結婚し、2人の子供を授かる
女の正体がばれる三槌の宿命により美夜子は30 歳で死去する
歌を残して去る高上昇によって空幻の封印が解かれる 
残された子どもは出生して高名な人となる高上兄弟の守り神となる



 この表から、次のようなことが指摘できる。美夜子は人間であるが、三槌家の司祭としての能力を生まれもっている。その美夜子が死に、残された高上兄弟は、のちに空幻という守り神(=能力)を手に入れた。 少々強引な解釈ではあるが、空幻が、狐女房型でいう残された子どもの出世や富の部分を狐自身がもつ強力な「能力」として表現されることで、狐女房型との接点をみることができる。
 すなわち『お稲荷さま。』に描かれる妖怪としての狐(空幻)は、狐女房型の伝承に見られる稲荷信仰と狐がもたらす富を表現していることが言える。空幻自身には金気の物の怪、妖狐としての高い能力があらかじめ設定されているが、その空幻が高上兄弟の守り神となることは、狐がもたらす富を空幻の「能力」として表現しているのである。説話上の狐観と、『お稲荷さま。』の狐観はこのような共通項を見出すことができる。
 その能力について、空幻は透に対して、透が自身を自由に使役できるとして次のような発言をしている。「お前が望めば、俺はお前に天下でもくれてやる」(柴村,2004:152)。


おわりに
 本稿は柴村仁原作の『我が家のお稲荷さま。』第1巻(2004)を題材に、「妖怪」としての狐の描かれ方を概観した。
 まず『お稲荷さま。』に描かれる妖怪、天孤空幻や、サブキャラクターのビジュアルに注目した。本作品は狐が美女に化けるという伝承に、現代的なアレンジを加えられている。次に、日本人の狐観を、中国の狐観と合わせて振り返った。『お稲荷さま。』の戦闘シーンでたびたびいわれる相生、相剋の理について、陰陽五行思想がふんだんに利用されていることを指摘した。
 日本における狐に関する伝承は、「葛の葉」伝説のように、異類婚姻譚・狐女房型が多い。その物語構造には今なお根強くある「稲荷信仰」を読みとることができる。現代における日本人の狐観は、内山の指摘を借りると、1960年代の社会構造の変化によって大きく変わっていたことに気づかされる。
 現代の「萌え」の対象としての狐を見ると、動物の擬人化を通して「萌える」というジャンルが既にある。その上で、狐が空幻のように美少女・美少年に化けるという設定が無意識のうちに定着していることに気づかされた。しかし、いわゆる「オタク」など一部の人間によって、擬人化した動物が「萌え」の対象となっているという一般的な言説には疑問がある。『我が家のお稲荷さま。』という表題に対しては、狐と稲荷の記号的関係から、稲荷信仰の設定がふんだんに活用されていることに気づかされた。空幻が「我が家の『お稲荷さま』」となることで、高上兄弟は、妖怪がいる日常を無意識のうちに受け入れている。
 最後に、『お稲荷さま。』と、説話として語られた「狐女房型」の構造分析を試みた。『お稲荷さま。』の人間界と異類界との間には、2つの世界を仲介し、口承文芸が語られる民俗社会があるということと、妖怪としての狐=空幻は「狐女房型」の狐観——富=能力をもたらす狐——と共通して表現されていることを指摘した。
 『お稲荷さま。』は今なお続編の刊行が待たれている状態であり、本稿で指摘したのは物語のほんの序盤に過ぎない。第2巻以降で登場する六瓢神、白鬼、銀狐、狼などには、伝統的な民俗が盛り込まれている。これらの展開と関係性を踏まえた上で、さらに考察を進める必要があるだろう。



(1)出典:お稲荷さま製作委員会(2008)第1話「お稲荷さま。封印解かれる」
(2)出典:同上
(3)出典:お稲荷さま製作委員会(2008)第2話「お稲荷さま。我が家に住みつく」
(4)出典:お稲荷さま製作委員会(2008)第3話「お稲荷さま。登校する」
(5)出典:お稲荷さま製作委員会(2008)第2話「お稲荷さま。我が家に住みつく」
(6)出典:お稲荷さま製作委員会(2008)第1話「お稲荷さま。封印解かれる」
(7)出典:吉野(1980)16頁

引用文献
内山節(2007)『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』講談社
お稲荷さま製作委員会(2008)『我が家のお稲荷さま。第壱巻』角川書店
お稲荷さま製作委員会(2008)『我が家のお稲荷さま。第弐巻』角川書店
川森博司(2000)『日本昔話の構造と語り手』大阪大学出版会
柴村仁(2004)『我が家のお稲荷さま。』アスキー・メディアワークス
松風水蓮(2007)『我が家のお稲荷さま。壱』アスキー・メディアワークス
吉野裕子(1980)『狐—陰陽五行と稲荷信仰』法政大学出版局
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