映画評論36

2016年01月31日 10:57

何とか間に合った…。
寒い日々のせいで、テンションが下がりっぱなしのため、ため息しか出てこないカリメン2号です。
月一で映画評論をアップするという一年の目標を、早くも達成できないのではないかと思っていましたが、何とか間に合わせました。
相変わらず、年末から元気の出ない生活を送っているのですが、それでも映画には目を通すようにしています。
と言いう訳で長らくお待たせいたしました、今月の映画評論の記事をアップしたいと思います。(とは言うものの、今月って今日で終わりなんですが…。)
毎回のごとく、ネタバレなどの情報もありますので、それが嫌な方は見ないでいただけると助かります。

『アザーズ』
 評価の高いホラー映画には、娯楽としての恐怖のほかに、根源的な恐怖やメッセージ性の強いテーマが選ばれる。『アザーズ』もその一つと言えるだろう。監督を務めたのは『海を飛ぶ夢』で、2005年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したアレハンドロ・アメナーバル監督で、この『アザーズ』という作品が、ハリウッド進出の映画作品となった。
 ストーリーは、イギリスの霧深い孤島の屋敷に引っ越してきたグレースは、戦地に赴いた夫の帰りを、子供たちと一緒に待っていた。そんな日々の中で、急に居なくなってしまった家政婦を、新たに雇うことにしたグレースは、過去に屋敷で働いていた家政婦たちを雇うのであった。彼女の子供たちであるアンとニコラスには事情あり、彼らは日の光アレルギーという特殊な体質であったのだ。穏やかで静かな生活を望んでいたグレースと子供たちであったが、屋敷では色々と奇妙なことが起こり始めるのであった。静かな生活の中に違う者の存在を感じ始めるグレースは、屋敷について調べ始めるのだが、遂に耐えられなくなり神父を呼びに街へと向かった。街に向かう途中、霧に包まれた森の中で、戦争に行っていた夫のチャールズと再開する。夫と屋敷に戻り再開を喜んだのも束の間、再び戦地へと夫は姿を消してしまうのであった。そんな中で雇い入れた家政婦たちは、何やら屋敷の秘密を知っているようで、それに感づいたグレースは彼らを屋敷から追い出した。だがしかし、彼らが実は死人だということを、知ってしまったグレースと子供たちは、彼らに追われるように屋敷に立て籠もるのであった。そして逃げ込んだ屋敷の中で、グレースと子供たちは、実は自分たち自身も死んでしまった人間である、という事実を知ってしまうのであった。
 どの様な映画作品でも、映画の顔となるファーストカットは重要であり、この作品に置いても、その重要性は少しも変ってはいない。特にファーストシーンの旧約聖書の神話は、この『アザーズ』にとって根幹を成す要素である。それと蝋燭の灯りによって演出されていたことも作品の重要な要素を表していた。それは作品のテーマにも共通する「知るということ」にも繋がっていく。作品の中にはキリスト教の聖書にまつわる部分が、多く引用されている。それは知識が光の象徴として、映画の中では描かれているからである。それを暗示するかのように聖書の中には「神は言われた「光あれ」こうして光があった」という文言が存在する。これは日本語で言うところの「光明」にあたり、知るということ自体が光(灯り)の象徴となっている証に他ならない。また、ファーストカットに置いて、グレースが悲鳴によって起床するシーンは、この映画のラストシーンへの布石となっている。
 撮影技術に関しても秀逸であり、美しい映像とライティングは、作品の印象付けるだけの力を持っていたように思う。特にライティングに関しては、映画を観ていて違和感なく観ることが出来たのは、とても良かったように感じる。ホラー映画などの暗闇を使う作品は、暗い部分の演出や蝋燭の灯りなどによって、役者の顔が潰れてしまうことも少なくない。しかし、その様な事もなく、自然に感じられるライティングの映画作品は、本当に珍しかった。また恐怖を生み出す演出も流石と言うべきだろう。特に『アザーズ』で注目して欲しいと思ったのはカメラワークである。見えないものが存在している演出には、足音や物の移動になどによる、古典的な恐怖の演出ではあったが、それを感じさせないような緊張感を、カメラワークと俳優の演技で表現していたように思う。カメラが人間の視界であるかのように、カメラの外で物が移動して、その事に緊張感を高めていく、グレース役であるニコール・キットマンの演技が秀逸であった。
 過去の評論にも述べたように、良いホラー映画とは、人間の内面的な部分を描いていることが多いように思う。『アザーズ』という作品も、この条件に当てはまる部分が多く、特にグレースの心理面は、この屋敷そのものと言っても過言ではない作りになっている。カーテンの閉められた窓や鍵の掛けられたドアは、グレースの頑なな心を表現しており、その事が子供たちを束縛し、窮屈にしている印象を与えていた。それを裏付けるように、霧に包まれた屋敷からは何処にも行けず、屋敷の門になっている格子は、まさに監獄の鉄格子のような印象を与える演出になっていた。何よりも映画の物語が、屋敷内で完結しているのも、屋敷自体がグレースの深層心理を表していることに他ならないのである。
 『アザーズ』という作品は、洋画のホラー作品として、高く評価されている作品であるように思う。多くのホラー映画では、グロテスクなシーンなどが含まれ、未知の怪物などに追われるという作品が多い。そんな中でも、徹底的に恐怖の対象である存在を、ラストシーンまで映像に登場させず、真相を知ってしまった後の切なさは、他の洋画ホラー作品にはない要素であった。それはまさに、ジャパニーズホラーのような心理的な恐怖と、何処か切ない親子の在り方は、静かな感動を呼ぶエンディングになっていたように思う。

今回の映画評論は、こんな感じです。
いや~、評論の出来が悪い!!
流石に急ピッチで書き上げただけのことはあり、まとまりの無い文章になってしまいました。
次回の映画評論は、もう少し余裕を持って書き上げたいと思います。(元気があればですが…。
それにしても、ブログメンバーが増えたのにもかかわらず、後方支援が無いままブログを続ける実状は、正直に言いますとしんどいですね。
まぁ、二人とも忙しいので仕方が無いのですが。
それは兎も角として、次回のブログ内容は何か紹介記事を書きたいと思っています。
出来るのであれば小説が良いなと思っています。
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魂の叫び

2016年01月22日 23:24

暖冬から一変して日本各地で寒波が押し寄せ、各地で雪を見る機会が増えていますね。
まぁ、雪国で育ったカリメン2号にとっては、それほど珍しい光景ではないですが、雪の降らない地域では都市機能がマヒしてしまうこともあるようです。
前回のブログ内容では映画評論をアップする予定でしたが、年末からの個人的なゴタゴタから、精神的に立ち直れていないカリメン2号です。
精神的に疲弊していたこともあり、心に栄養を付けるために、年末から唯一の楽しみだったライブに行ってきました。
心が疲弊していたことと、そして何よりも久しぶりのライブだったので、ライブを楽しめるかは疑問を感じていましたが、やはりライブは楽しい!!
自分の中では、年に数回はイベントごとに参加しようと思っていたので、新年一発目のイベントが、このライブで良かったと思わせる内容でした。
見に行って来たライブは、以前にブログで紹介したamazarashiというバンドで、文字を使った映像の演出と強いメッセージ性が織りなす、独特の雰囲気を持ったライブでした。

今回のライブの演奏曲
『amazarashi』 世界分岐二〇一六のライブの演奏曲目

今回のライブでは、開場待ちをしていた時に驚かされたことがあり、なんと前に並んでいたファンが外国人らしく、ライブ前の楽しそうな会話が日本語ではない言語で聞こえてきていました。
『季節は次々死んでゆく』が、アニメの『東京喰種トーキョーグール√A』のエンディングテーマ起用されるなど、人気アニメのタイアップ効果があったということもあり、amazarashiが世界的に有名になったことは、一介のファンにとっては嬉しい出来事でした。
以前に紹介したようにamazarashiというバンドの曲は、綺麗事では無い世界の悲しみや苦しみに寄り添うような歌詩が多く、その事が独自の世界観を作り出し、傷の負ったことのある人に強く刺さるように思います。
その世界観はライブに置いても同様で、ライブ会場では涙を流す観客もいるようで、曲が終わると会場からは鼻をすするような音も聞こえて来ます。
また、ライブを見に来ているファンは、ほぼ微動だにせずに聞き入っている人が多く、通常のバンド(特にロックやアップテンポの多いバンドなど)とは違い、誰一人として手を振ったりなどはしないですね。
ロックバンドのライブに行くことが多いカリメン2号にとっては、最近のバンドとしては珍しく、ライブのラストにアンコールが無いという、なかなか不思議な雰囲気と余韻を残すライブでした。

今回のブログ内容は、こんな感じです。
新しい年になったというのに、早くも月に一本の映画評論という目標が果たせそうにないです…。
とはいうものの、少しだけですが心の充電が出来たので、次回のブログ記事は何としても映画評論をアップしたいと思います。
まぁ、予定ですの期待はしないでいただけると助かります。

カリメン2号

袋には福が入っていた!!

2016年01月08日 21:53

明けまして、おめでとうございます。
このブログを観に来てくださっている方々には、昨年は本当にお世話になりました。
本年もこのブログ共々、カリメン1号・2号・3号をよろしくお願いいたします。


というような堅苦しい挨拶はここまでにしまして、新しい一年のスタートがやって来ました。
今年も早めのブログ記事のアップを目標としているのですが…。
新年早々、早くも「明けまして、おめでとうございます。」と言うには、遅すぎるような気がしますね。
早速なのですが昨年を振り返り、過去の記事を自分で読み返してみると、意外と色々なことをブログ記事にしているのだなと、自分自身に驚かされますね。
とは言うもののカリメン2号の個人的な実生活は、相変わらずの生活を送っていた訳で、特に変わったこともない平凡なものでした。(それが一番だと思うのですけどね。)
昨年一発目のブログ内容は、飲み会での愚痴みたいなものでしたし、映画評論の出来は良くなかったですし、独り言の記事の半分以上は愚痴でした。
そんな一年でもカリメン2号にとっては嬉しいこともあり、古い友人である棚花尋平の作家デビューがあり、親戚関係とも顔を合わせる機会が多かったですし、そして年末には新しいブログ仲間の登場などもありました。
まぁ、それなりに充実していた一年だったのではないかと思います。
さて今年一年はどの様な年になるのかと考えると、楽しみであり不安でもあると言ったところでしょうか。
そんな訳で今年一発目のブログ記事は、残念ながらまたも独り言なのです。
年末の忙しい時期に、親戚関係のゴタゴタなどがあり、精神的に疲弊していたカリメン2号ですが、そんな中でも楽しみというものは必要で、今年の運試しも兼ねて福袋というものを買ってみることにしました。
欲しいと思った物に関しては、割ときちんと購入するカリメン2号にとって、その場の勢いのみで初めてとなる福袋を購入してみたのです。
カードゲームの詰め合わせみたいな福袋は、ネット通販で値段もそれほど高くなく、中身も期待していなかったのですが、やはりイベントごとのようなワクワク感という楽しさはありました。
楽しみにいていた福袋の段ボールが届き、それを開けてみると、なんとネットに掲載されていた福袋の中身があるだけというものでした。
「福袋」と書かれている赤い袋を想像していたカリメン2号にとっては、段ボールの中に商品というスタイルは、肩透かしを食らった気分になってしまいました。
しかしながら、それでも期待していなかった中身の方は、想像以上に良いものが入っており、カリメン2号にとっては満足の行く当たりの福袋となったのです。
欲しいものは購入するというスタイルだったので、福袋の中身には懐疑的なイメージしかなかったですが、本当にの中からやって来た!!と思うような出来事でした。
ただ今年一年の運を、早々に使い切ってしまったのではないかと不安になるカリメン2号です。

今回のブログ記事は、こんな感じです。
福袋は中身が選べないというものなので、多くの人が元旦にも関わらず買いに行く行為が疑問でしたが、今回の出来事で納得しました。
なるほど、これは楽しい!!
てな訳で今年も、このブログをよろしくお願いいたします。
最後にですが今年の抱負についてカリメン2号の目標を立てておきたいと思います。
基本的にはブログ更新のスピードアップですかね。
そして、今年こそは月に一度は、映画評論をアップする!!を頑張りたいです。(正直に言いますと、出来る気がしない…。)
次回のブログ内容は決まっていませんが、早い段階で映画評論をアップする予定ですので、楽しみにしていて下さい。

カリメン2号