連れ連れなるままに・・・

日々の日常の中で、ふと感じたことを気ままに書いています。 最近観た映画や読んだ小説などの感想、趣味の紹介なども書いていこうと思います。

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映画評論33

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何とか間に合ったー!!
ふぅ、危ない危ない…。
前回のブログ記事から、冷や冷やした数日を過ごしたカリメン2号です。
最近は、随分と涼しくなって来ましたが、違う意味での涼しい汗(冷や汗)を流す羽目になるとは。
これも全部、自分の筆不精が悪いんですけどね。
とは言ったものの、お盆から随分と遅くなってしまいました。
楽しみに待っていて下さった方がいるのでしたら、本当にすいません。
ということで、お待ちかねの映画評論です。(誰も待ってないかも知れないですが…。)
一応ですがネタばれなどもありますので、嫌な方は見ないでくださいね。
それと今回は、前々から言っていましたホラー映画の評論ですので、その点もご注意ください。

『リング』
 昔から日本には、怪談や幽霊といわれる精神世界の文化が根付いている。それを現代の映画といわれる形で蘇らせたのが『リング』であろう。『リング』は日本映画を、世界に誇るホラー映画大国の代名詞とした。そして、ジャパニーズホラーという言葉を世界に広めた作品でもある。未だに日本最恐のホラー映画であり、日本のホラー映画の金字塔であることは言うまでもない。1998年の1月に公開された『リング』は、鈴木光司の同名小説が原作であり、監督は『仄暗い水の底から』や古典の真景累ヶ淵を題材とした『怪談』で、監督を務めた田中秀夫である。
 ストーリーは、テレビ局のディレクターをしている主人公の浅川玲子が、あるビデオにまつわる都市伝説の取材をしていた。ビデオの内容を観た者は、一週間後に必ず死ぬ「呪いのビデオ」が存在する、という噂であった。そんな日々の中で、息子の陽一と仲が良かった姪が、奇怪な死を遂げるのであった。死の真相を調べていくうちに、姪が噂の「呪いのビデオ」を観たことを知るのであった。玲子自身も「呪いのビデオ」を観てしまい、その呪いを解くために、離婚した元夫の高山竜司に、相談を持ち掛けるのであった。彼は特殊な能力の持ち主であり、また玲子の息子である陽一の父親でもあった。「呪いのビデオ」を調べていくうちの、超能力者の山村志津子の娘である貞子が、このビデオに呪いを掛けたことに突き止めるのであった。そんな中、自分の不注意で陽一も「呪いのビデオ」を観てしまう。玲子は自分と息子の命の期限が迫る中、呪いを掛けた張本人である貞子の遺体を探すため、「呪いのビデオ」が最初にあった、伊豆の貸別荘に向かった。貸別荘の床下に塞がれた井戸を発見し、その井戸こそがビデオに映っていた井戸であり、貞子の遺体がこの中にある確信した二人は、必死になって井戸の中を探すのであった。やっとの思いで玲子は、貞子の遺体を期限の前に発見し、呪いを解いたかのように思われた。しかし、呪いが解けたのは玲子だけであり、竜司はテレビの中から出てきた貞子に呪い殺されてしまう。呪いを解く方法が、「呪いのビデオ」をコピーして、誰かに見せることであると気が付いた玲子は、陽一を救うために「呪いのビデオ」とデッキを持って、父の住む実家に向かうのであった。
 どの様な映画においても、重要になってくるのが、やはり映画の導入部分に当たるファーストカットである。ホラー映画である『リング』でも、それは変わることはない。特に海の水面で映像が始まるということが、この映画にとって最も重要なシーンで、作品のテーマを表しているといっても過言ではない。その事は映画のセリフにも登場しており、貞子の母親である山村志津子が海と会話をし、娘の貞子の父親がハッキリしないということにも関わってくる。つまり貞子は地母神の象徴である海の子供であり、海とは大いなる母の象徴であることが、映像やセリフを通して表現されている。また、テレビやテレビの画面を、映画のシーン転換や重要なシーンで多く登場させている。これは「呪いのビデオ」が人々の噂で伝播するように、貞子の呪いそのものも、テレビというメディアツールを通して、伝播していくのだということ暗示している。このような演出のみならず、ライティングの演出に関しても、秀逸と言わざる負えないだろう。特に室内でのライティングは、明暗の差を生み出すことによって、暗闇という生物の根本的な恐怖が、演出に盛り込まれていたように感じた。室内での照明は点いているものの、部屋の隅などは明らかに暗く、その事によって観客に安堵感を与えないようにしている。また、視覚の演出も意識的にされていたのが上手く感じた。作品の重要な要素であるテレビは、「観る」ということを目的としたメディアツールでありながら、あえて恐怖そのものを直接的に見せるのではなく、音やライティングによって「見えない恐怖」を表現していたのは、監督の手腕によるものが大きいように思う。また、映画の全編を通して、映像の画面に遮蔽物である、電気スタンドや階段の手すり、ガラス戸を画面に被せることによって、観ている観客に圧迫感を与えるような映像の画面構成が多い。これは映画を観ている観客に息苦し印象を与え、恐怖の度合いを増すような演出になっていた。
 映画のジャンルには、どのようなものにでも、そこには本編の作品自体に、作品のテーマが散りばめられている。それはホラー映画であっても、ただ単に怖いだけというものではない。『リング』のテーマは、上記にも書いたが「偉大なる母親」ということに、尽きるのではないだろうか。ファーストカットの海の水面や志津子の出身地が、海に囲まれた島であることなどが、その最たる証拠である。面白いことに映画の中には「母親」という役柄は、松嶋菜々子が演じた玲子と、貞子の母親である志津子しか出てきていない。これは女性の社会進出が目覚ましい昨今、今までの古い封建的な男性社会に、新しい価値観の風を吹き込んでいることに他ならない。この新たな価値観と対面した、古い封建的な男性社会は、その事に言い知れの無い恐怖を憶え、必死になって対応しようと足掻いているだと思う。その事を象徴しているのが、竜司が貞子に呪い殺されるラストシーンであり、女性の象徴として幽霊姿の貞子なのではないだろうか。

今回の映画評論は、こんな感じです。
毎度のことながら、本当に文才が無いですね。(涙)
とは言うものの、今回の評論に関してだけは、大学で勉強していたことにもリンクしていたので、正直に言いますと、まだまだ書き足りない部分が多いです。
まぁ、それは違う機会にしますね。
それはそうと、本当に9月までに間に合って、良かったです。
自分で「月に一本は、映画評論をアップする。」という目標を掲げた以上は、掲げた翌月に破綻するようでは、流石にまずいので。
これが、毎月ごとに続くのかと思うと、考えただけで泣きそうです…。
兎にも角にも、映画評論の情報の間違い評論のリクエスト、意見などがありましたら、コメントをいただけると嬉しいです。
対応させて頂きますので。

カリメン2号

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SF映画の始まり

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毎度のことながら、夏には暑さのせいで元気が奪われてしまい、ヘロヘロ気味のカリメン2号です。
そんな事を言っている間に、夏が終わってしまいそうですね。
今年も何だかんだで、夏を満喫できてないなぁ…。
海にも行かず、夏祭りにも行かず、河原の花火大会も、ビアガーデンにも行かずじまいです。

それはそうと、このブログで何度も取り上げていますが、今年はSF映画の当たり年!!と言ってきました。
そこで、SF映画の始まりと技術革新について、少しだけ映画の歴史に触れてみたいと思います。
映画というメディアツールについては、この前の記事で少しばかり触れましたが、それは記録という名の映画としての始まりついてでした。
前回の記事で書いた映画とは、1900年代に開発されたシネマトグラフ(一応ですが、こちらを映画の原点として、ブログを書かせていただきます。)という機械は、ただそこにある事実を映像として記録し、再現するためだけの装置でした。
リュミエール兄弟の撮影した映画は、『ラ・シオタ駅への列車の到着』や『工場の出口』など、どの作品も事実を淡々と映し出したドキュメンタリー(ただの映像アーカイブに近いですが…。)作品のものがほとんどです。
彼らはシネマトグラフの普及には力を入れましたが、決して映画の作品作りに力を入れていた訳ではなかったのです。
そんな中で映画の特性に気が付き、作品に物語的な要素を取り入れたのがジョルジュ・メリエスでした。
彼は世界初の職業的な映画監督であり、そして映画における映像トリックの創始者として、映画史の中で目にすることが多い人物です。
当時のメリエスはマジック・ショーの興行主で、フランスで公開された映画に強い興味を持ち、そして自分のショーのパフォーマンスとしての可能性を映画に感じていました。
何とかして映像を撮影する機械を手に入れたメリエスは、色々なものを撮影し、自分の劇場で公開したそうです。
そんなある日、機械の故障により撮影が一時的に止まってしまい、機械を直し撮影を再開すると、歩いている人の姿が消えるということに気が付きました。
この偶然に発見された映像のトリック技術が、現代に至るまでの映像トリックの基盤となっているのです。
発明や発見とは、いつも偶然の驚きの中にあるものなのかもしれないと感じることが出来ますね。
この二重露光(オーバーラップ)やスローモーションなどの映像トリックの発見は、メリエスの映画制作に拍車を掛けていきます。
映像トリックだけに留まらず、メリエスが得意としていたマジックのトリックをも使った映像は、現代で言うところのSFX(特殊撮影)に通じるものがありました。
そんな彼の作品の中で世界的に最も有名な作品は、やはり『月世界旅行』でしょう。
映像は白黒のサイレントムービーなのですが、メリエスの得意なトリック映像を多用した作品で、とても不思議な雰囲気を醸し出した宇宙旅行を描いたものでした。
この映画を観たことがない方も、映像の一部を見たことがあると思います。
顔のある月に弾丸のようなロケットが当たる映像は、その中でも特に有名なシーンで色々な作品に出てきています。
この『月世界旅行』が映画史の中で史料的な意味合いも高く、世界最古のSF映画の一つとされています。
現代のSF映画は、メリエスの偶然の発見によって形作られ、今日までSFXやVFXとして進化してきました。
SF映画を観る際は、そんなメリエスに想いを馳せらせて見るのも良いかもしれませんね。

今回はこんな感じです。
上記にも書きましたが、今年はSF映画の当たり年なので、少しだけでもSF映画の事について、記事を書いておきたいと思い、今回の記事を書きました。
お盆も過ぎてしまい、映画評論が書けずにズルズルと、9月になってしまうのではと危惧しています…。
何とか次回は映画評論をアップしたいので、気長に待っていただけると助かります。
ここに掲載しました情報は、一応ですが調べています。
しかし、間違いや訂正などがありましたら、コメントなどをいただけると嬉しいです。

カリメン2号

さぁ、ゲームの時間だ。Part4

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相変わらず更新が遅い!!
外の日差しは焼けるほど照っているというのに、外出もせず部屋に籠りがちななのに、ブログの更新が出来ていないカリメン2号です。
飽きもせずに、インドア生活を満喫はしていますね。
暑い毎日ですが、そんな中で冷房の効いた部屋でするゲームは、最高である!!と確信をもって言えますね。
とまぁ、カリメン2号自身の事は置いといて、今回の紹介も残念ながらテレビゲームの紹介です。
とは言うものテレビゲームというジャンルの中にも、様々なものが存在します。
RPG(ロールプレイング・ゲーム)やシミュレーション、パズルに格闘ゲームやFPS(ファーストパーソン・シューティング)等々、例を挙げればキリがないほど、今のゲームは細分化されているような気がします。
最近では、格闘ゲームのプロプレイヤーまで存在し、全世界のテレビゲーマーから熱狂的な支持を受けてるそうです。
カリメン2号が、過去にブログ記事で紹介したTCG(トレーディングカード・ゲーム)もそうですが、どんな世界にもプロと言われる人々が存在するようですね。
コンピューターが特殊な技術を持った一部の人達の間から、ファミリーコンピューターの台頭によって、一般的になりつつあった時代、幼かったカリメン2号にとって、テレビゲームはとても魅力的なメディアツールでした。
その中でもテレビゲームのプレイヤーとして16連射の高橋名人と言えば、テレビゲーム業界に君臨する神様のような存在で、当時は知られていましたね。(知らない人は検索してみてください。)

それは兎も角として、今回紹介するのはアドベンチャーゲームというジャンルのもので、とりわけノベルゲームとも言われるジャンルのものです。
アドベンチャーと一言で言っても、色々なアドベンチャーが存在しますが、カリメン2号は思考ゲームが割と好きなので、思考を駆使するものが好みです。
過去の記事で紹介した『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』なども、謎解きパズル的な要素が多い作品でした。(あれは、アクションアドベンチャーですね。)
アドベンチャーゲームの定義を、少しだけ書いときますと、提示される情報から行動を推理・推考して、その過程で選択することの出来る行動する思考型のゲームで、思考的なパズルのようなものですね。
今でもそうですが、カリメン2号自身が経験してきたノベルゲームと言われるものの多くは、主人公である男性キャラクターが、複数の女性キャラクターから恋愛感情を抱かれるという、恋愛シミュレーションのコンピューターゲームであり、中には18禁のアダルトゲームまで含まれる場合があります。
元々、ミステリー小説が好きだったカリメン2号ですので、文章を中心としたノベルゲームにも興味がありました。
ノベルゲームも詳しかった高校の友人に、何か面白いノベルゲームは無いかと聞いたところ、勧められたゲームが、今回紹介する『KONOHANA:TrueReport』という作品でした。
その当時、まだ高校生であったこともあり、18禁のアダルトゲームには些か抵抗を感じていたので、全年齢対象でストーリー重視のミステリーが良いと、その友人に無茶なリクエストを出していたのを憶えています。
そんな『此花』(このはな)シリーズとは、サクセスより発売されたノベルタイプの学園ミステリーアドベンチャーで、プレイヤーが主人公となり、事件を解決していくゲームなのです。

ストーリーは、とある事件がきっかけで、此花学園という学校に転校してきた主人公の桃井恵(ももい めぐる)は、転校早々に付属寮で、橘美亜子(たちばな みあこ)の着替えを見てしまう。穏やかな学園生活を送ろうとしていた恵なのだが、始業式を前にして学園の教師が殺害されるという事件が起きてしまうのであった。着替えを見てしまったという弱みを美亜子に握られ、恵は自称新聞部の彼女の捜査に、強制的に参加させられることになる。捜査の中で、生徒の間で伝わる「死神伝説」が今回の殺人の予告に使われている事と、殺害された教師には良くない噂があり、彼が顧問をしていた水泳部に、何かあるのではと接触するのであった。そんな捜査の中で、殺人犯の魔の手が二人に迫るのであった。

―死神の伝説は本当だった…? 迫りくる死の恐怖。―

こんな感じノベルゲームになっています。
PS版ではありますが、ゲーム自体の総評としては結構、面白かったように思います。
ノベルゲームなのでイラスト自体は、それほど綺麗なものではないですが、『かまいたちの夜』や『探偵 神宮寺三郎』シリーズのようなリアル指向ではないイラストは、アニメやマンガが好きな人にとっては、そこまでの違和感を感じずにプレイ出来ると思います。
また、一度でも読んだ部分はスキップなどの機能が付いていたことも、ノベルゲームとしては評価が高くなりますね。
総文章が多いわけではないですが、やはりノベルゲームなので読み飛ばしたい部分が出て来ますので、スキップ機能があるのは便利です。
ストーリー構成自体もイラストの印象とは対照的で、本格的なミステリーになっているので、ミステリー好きには及第点だと思います。
エンディングがマルチエンディング仕様になっているので、一通りプレイしたからと言って、必ずしも事件が解決できるものでも無いのが良いですね。
特にカリメン2号が良かったと思えるのは、事件やトリックなどのミステリー部分に矛盾が少なく、読み手(プレイヤー)に対してフェアであるところが高評価です。
カリメン2号が思うにミステリー小説は、読み手に対してフェアで無ければならないと考えています。
だがしかし、特定のイベントや分岐の選択を決定するための情報が少ない事と、本格ミステリー小説が好きの人にとっては、トリックと言われるものが脆弱であるように感じてしまうことが残念に思いました。
また、犯人を追い詰める決定的な物的証拠が少なく、ロジック的に詰めが甘いところも気になる部分ではありましたね。
それを差し引いても、全体的に良くできたゲームだったように思います。

今回の紹介はこんな感じです。
本当ならばお盆の前に、ホラー映画の評論をアップしたかったのですが、誠に申し訳ない。
無理でした…。
とは言いつつも次回は、何とかして映画評論か映画についての記事にしたいと思っています。
頑張りますので、気長に待っていただけると助かります。

カリメン2号

「いじめ」と学校カースト制度

Posted by カリメン1号・2号・3号 on   4 comments   0 trackback

梅雨が開けたにも関わらず、残暑が厳しい日々に、うんざりしているカリメン2号です。
最近は、頑張ってブログの更新をしているのですが、インドアなカリメン2号にとって、話題が何一つ無い状況です…。
なので、また少しだけ思想的な話になってしまいますが、独り言にお付き合いください。
ここ最近では「いじめ問題」のニュースを、報道で見ない日が無いほどに社会問題化されています。
カリメン2号が幼いころは、学校カースト制度を含め、「いじめ」問題がここまで大々的に報道されることは、少なかったように感じます。
まぁ、正直に言いますと、生死に関わるような重大な問題であるという認識が、無かっただけだと思いますが…。
「いじめ」という問題が存在していなかった訳でも無いのですが、問題自体が顕在化していなかったように感じます。
ある意味で「いじめ」というものが存在しているという事を、感覚的に理解していたのかもしれませんね。(良い悪いという問題では無く、ただ単にそういうものが存在していると知っているということ。)
しかし、存在しているからと言って決して容認できる問題でもなく、カリメン2号自身も経験したことがある以上は、どこか他人事ではないように感じます。
「いじめ問題」に関しては、過去のブログ記事にも書いたことがありますが、あの記事は少しばかり感情的な部分が多い内容でしたので、今回は割と客観的な立場に立った内容に出来ればと思っています。
その事から、この「いじめ問題」とは何なのかを見つめ直そうかと思います。
まぁ、独り言ですし、嫌な方は見ないで頂けると助かります。

「いじめ」が社会的な構造の問題であるなら、学校という特殊な環境下での社会構造を、考えなければならないと思います。
その中で外せないのが、やはり学校カースト制度という事になるなるのではないでしょうか。
学校カースト制度の簡単な説明は、学校のクラス単位においての、各個人の上下関係の事を指し、それは運動が得意であったり、勉強が出来るなどの目に見える優劣の関係ではなく、他者とのコミュニケーション能力に依存している事が、現代の学校カースト制度と言われるものなのです。
この学校カースト制度の上位にいるためには、友人間のグループ内でリーダーシップを得るための、ある種のカリスマ性が必要であるように思います。
実際問題として、カリメン2号が学生であった当時でも、少なからずこの学校カースト制度が、目に見えないような感じで存在していたと思います。
しかし今現在のように、ここまで世間で騒がれるほど、顕著に表れてはいなかったように感じました。
とはいっても、自分などは集団行動の苦手な変わり者でしたので、学校カースト自体に参加していた自覚は、ほとんど無いですけどね。
過去の事を振り返ると、クラスという集団の規範となっていた、学校カースト制度の最下層にすら参加していなかった、というのが事実でしょう。
元々、集団行動は嫌いで、自分の考えや我を押し通すタイプだったので、奇人・変人というのが当時の周りから見た総評でしょうね。
兎にも角にも、今現在の学校という集団においての「いじめ」は、この学校カースト制度に依存している場合が多く、「いじめ」の標的となる対象者も、この学校カーストにおいての下層者に当たる人物ではないかと思います。
そんな学校カースト制度が、コミュニケーション能力の優劣という流動的な理由によって、上下関係が決まってくるということが、「いじめ」の対象となる人物も流動的なものになることに、繋がっているように感じます。
つまり昨日まで「いじめ」をしていた立場の人間が、今日にはいじめられる立場の人間になっているという事もあるようなのです。
これは、コミュニケーション能力というものが、クラスという集団にとっての相対的価値基準である事が原因だと考えられます。

少しばかり話は逸れますが、社会人になっても、決して「いじめ」が存在しない世界ではない事は、ご承知の通りでしょう。
しかも「いじめ」とは名ばかりの、陰湿で陰険なものも多いように思います。
しかしながら、学校カースト制度による「いじめ」よりも、集団としてのカースト制度の違いや、ある程度の対応が出来るということが重要になってくると思うのです。
まず一つ目に、会社という集団に所属している場合は、学校カーストと違い、会社としての立場がカースト制度ようなものであり、あまり大きな変化がないということが、一つの要因でしょう。(この場合、「いじめ」なるものが行われていた場合、いじめられる対象が固定化する事があるので、良し悪しは微妙なところですね…。)
次に健全な運営をしている会社なら、職場内による「いじめ」やハラスメント対策としてのコンプライアンスが、ある程度は存在しているということが解決の糸口になります。
そして最後に、教育を施すという目的の不明瞭な環境下の集団ではなく、会社を運営したり、金を稼ぐなどの経済活動を主目的とした、明確な目的のある集団であるということです。
このような観点からしても、やはりコミュニケーションに依存している学校カースト制度の「いじめ」とは、対応の仕方や「いじめ」をなす根本的な理由が違ってくるように思います。

特に今現在、学校における「いじめ」問題の解決方法としては、国家権力である警察の介入が目立つように思います。
確かに、これだけ複雑化した「いじめ」問題を、学校のみで解決するのは難しいように思います。
上記にも書きましたが大人の社会との違いは、子供たちに「いじめ」を解決方法の選択肢が、あまりにも少な過ぎるのではないかということだと思います。
まず大人の社会とは違い、「いじめ」に対する法律的な拘束力を持つものが、今現在は警察しか存在していないのが問題だと思います。
これは「いじめ」に対しての知識不足や、対応策が少な過ぎることにも、「いじめ」問題が深刻化する要因の一つでしょう。
また、根本的な問題の一部として「いじめ」と「いじり」の明確な区別が、出来ないことが挙げられ、その延長線上に「いじめ」と「犯罪」の違いについても、考えなければならないのです。

今回はこんな感じの、長い独り言になってしまいました…。
正直に言いますと、あまりこの話題は触れたくないですね。
カリメン2号も、「いじめ」の被害者であり、加害者でもあったので、なかなか複雑な心境ですね。
映画評論や紹介などの、楽しい記事をアップできれば良いのですが、上手くはいかないものです。
次回は何にするかは決まってませんが、出来れば映画評論をアップしたいです。
目指せ!!月に一回の映画評論更新。

カリメン2号

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