連れ連れなるままに・・・

日々の日常の中で、ふと感じたことを気ままに書いています。 最近観た映画や読んだ小説などの感想、趣味の紹介なども書いていこうと思います。

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Posted by カリメン1号・2号・3号 on

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近未来への警鐘

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成人式を終えた新成人が、今年も社会という世界に飛び立っていく。
自分が成人式を迎えたのは、遠い過去だなぁと想いを馳せるカリメン2号です。
ここ数年はミステリー小説を読むことが、本当に少なくなってきたように思う。
元々、読書量は多くなかったのだが、読むジャンルが変化してきたのが大きな理由だと思うのです。
小説のジャンルとしては、ミステリーや純文学など多岐に渡ってますが、基本的に映像や絵が好きなカリメン2号は、コミックやライトノベルの量が、圧倒的に多いのです。
それでもミステリー小説は、メインで読んできたのですが、最近はSF熱い!!
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んでからというもの、『konw』などSF作品が面白く感じてきた。
つい先日の事ではあるが、『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』を観て来ました。
今年は『APPLESEEDαアップルシードアルファ』や伊藤 計劃の『虐殺器官』、『‹harmony/›』(ハーモニー)などのSF映画が多く公開される予定です。
なかなか期待を煽るラインナップではないですか。
伊藤 計劃の小説は、まだ全部を読んでいないんですが、なかなか面白い作品です。
フィリップ・K・デックにしても、真理に迫るような世界観と描写が、ある意味で恐怖を想起させる点では、同じように感じました。
人間が創造したことは、時間が掛かるかもしれないが、実現可能だそうですので、こんな未来が来るかも知れないという未来への警鐘なのでしょう。

ちなみにですが『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』の簡単な総評だけ、させていただきたいと思います。
アニメ1期の作品が、あまりにも上手な構成だったので、新たなるSFの時代が来たのではと思ったのですが…。
思いのほかアニメの2期は、作品の根幹をなすキャラクターの魅力が少なく、失速気味に感じてしまいました。
それでも、割と期待して劇場まで足を運びましたが、正直に言いますと消化不良というのが、率直な印象です。
アニメ1期がシステムと正義の在り方とはというのが、大きなメインテーマになっていたように思います。
哲学や文学を交えることによって、作品に深みが出ていたように感じました。
しかし2期になると、メインテーマが集合体の意思と正義というものに変わり、少し理解しにくかったように思います。
しかも1期は2クール(24話)なのに対して、2期は1クール(11話)になってしまっていました。
この事によって、魅力的なキャラクターを彫り込むことが、出来なかったのだと思います。
ましてや映画となると、限られて時間の中で物語を完結しなくてはならないので、その事が特に目立ったように感じました。

今回はこんな感じです。
まぁ、独り言なので興味ある方は、劇場に足を運ぶなり、本を手に取ってみるなりして下さい。
次回は何にするかは決まってませんが、映画評論が出来れば良いなぁと思ってます。

カリメン2号

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映画評論27

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相変わらず、ただ単に日々を消化する毎日が続いているカリメン2号です。
前回のブログで予告しました通り、今回は久々の映画評論です。
なんと、新年になって初めての映画評論なんですが、あまり出来が良くない…。
それに最新の映画評論ではなく、割と古い作品の評論です。(まぁ、名作ではあるのですが…。)
まぁ、いつもの事ながらネタばれの情報を含みますので、嫌な方は見ないで下さいね。

『西鶴一代女』
 世界の中でも日本の名監督といわれる人たちは、各国の監督に多大な影響を与えてきた。構図と家族愛の名手である小津安二郎や、劇画と人間臭さの黒澤明などいるが、その中の一人に溝口健二がいる。彼の徹底した人間観察による冷静な眼差しは、カメラワークや長回しなどに表れており、フランス映画のヌーベルヴァーグ作家たちに影響を与えた。1952年に日本で公開された『西鶴一代女』はヴェネチア国際映画祭で国際賞を受賞し、名実ともに溝口健二を世界に知らしめた作品である。
 ストーリーは、街外れに厚化粧で、年老いた顔を隠した娼婦のお春という女がいた。寺の羅漢堂に入り、さまざまな仏像を見ていると、過去に関わってきた男たちの顔に重なっていく。そんなお春の過去の回想によって物語は始まっていくのであった。10代の頃に御所に勤めていたお春は、想いを寄せていた公卿の勝之介に宿屋に連れ込まれたところを役人に見つかってしまう。身分違いの恋は両親ともども都からの追放と、勝之介の斬首という結果を招いた。そんなお春を街で見かけた松平家の家中が、世継ぎがいない主君の側室として見染められ、輿入れすることになった。めでたく男子を出産したお春だが、正室である奥方の妬みにより、用済みとばかりに実家に帰されてしまう。そして金に困った父親に遊郭に売られ、遊郭を出た後も住みこみの女中となったお春だが、そこでも遊郭の出だと分かり、奥方に嫉妬され追い出されてしまう。実家に戻ったお春は、働き者の扇屋である弥吉の嫁となり、ささやかではあるが幸せな生活を手に入れた。しかし、その幸せも束の間、弥吉が出先で物盗りに殺されてしまい、無一文になってしまう。寺の尼さんに助けを求めたが、寺院内で犯されそうになり、それを見た尼さんに寺を追い出されてしまう。ついには三味線弾きの物乞いとなり、娼婦にまで身を落とすのであった。そんな中で松平家の若殿が後継ぎとなり、共に暮らせるとの知らせが届いた。しかし、娼婦まで身を落としたお春を、殿となった息子を合わせるとこは許されず、幽閉しようとしたが、隙を見て逃げ出したお春は、孤独な旅に出るのであった。
 映画において、ファーストカットは重要な意味を持つことは、再三と言ってきたが、この『西鶴一代女』はその重要性を理解したうえで、作品に取り込んでいたように思う。堕ちてしまったお春の儚さや人間らしさが、冷静な眼差しで描かれており、その静けさが作品全体の雰囲気を作り出していたように思う。また画面の構図が素晴らしく、奥行きを感じさせない場面でも、カメラワークによって横の広がりを人物追いで表現していた。松平家での奥方との構図は、奥に見える廊下での様子や梅の木を手前に引っ掛けるなど、その冷静な人物描写が、構図の中に表れていたように感じた。そして何よりも俯瞰ショットの映像を使うことによって、お春の悲惨さと堕ちていく醜美を映像の中に映し出すことに成功していたように思う。映像の演出として本来、俯瞰ショットとは客観的な視点の表現なのだが、それを長回しでカバーし、感情移入し易くしているあたりは、流石は世界の溝口健二監督と言うに相応しい。
 ファーストカットの重要性を言ってきたが、これほどまでに上手に映画の根幹を表現している映画のファーストカットは、見たことはないと思えるほどに素晴らしかった。『西鶴一代女』の本質として、何所までも堕ちていく女の姿は、まるでそれが「人の業」であるかのようなテーマ性が見て取れる。特に人間の色欲というものを、溝口健二という冷静な眼差しで、しかも丹念に描き込まれることによって、これほど美しい映画になるのかと、驚嘆させられる作品になっていた。そして、何よりも田中絹代の演技が圧巻すぎて、演技が形容しがたいレベルまでに達していた。これが稀代の名女優の実力であり、演じるということなのかと思える作品も、少ないのではないだろうか。

今回はこんな感じです。
何時もながら短い&まとまって無い映画評論ですね。(涙)
まぁ、文才が無いのでしょうがないのですが…。
次回も、出来るだけ早くにアップしたいと思います。
出来る事なら、映画評論が良いですが…。
気長に待っていただけると、助かります。
それと毎回の告知なのですが、一応、映画評論のリクエストも受け付けています。

カリメン2号

髪は乙女の命2

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寒い日々が続き、家に籠ることが多くなると感傷的になってしまいますね。
そんな毎日を過ごしていると、過去の思い出が顔を出すことが増えてしまうカリメン2号です。
元々、散髪が嫌いな事は前に話しましたが、カリメン2号にも人並みの生活をしていますので、行きつけだった散髪屋がありました。(今はもう閉店してしまい無いのですが…。)
そこで働いていた理容師さんが、新しく店をオープンしており、たまたまそこを通りかかったので、過去の思い出というやつが蘇ってしまいました。
若かりし高校生の時に、クラスメイトの知人と学期末テスト勝負する事になりました。
何故にそんな事になったのか、経緯については記憶に無いのですが…。
とにもかくにも勝負でしたので、何か賭けた方が真剣になり、面白いのではという事になり、髪形を賭けて勝負することになったのです。(確かスポーツ刈りだったと思います。)
その時のテストには自信もあり、冗談半分でその勝負を受ける事にしたのですが…。
結果は見事に惨敗。
まぁ、髪の毛だから切っても伸びてくるし、イメチェンついでに良いのでは、という軽い気持ちで散髪屋に向かいました。
それまでは、あまり極端に髪形を変えたことが無かったので、意外にルンルン気分で店内に入り、散髪する髪形を伝えると「どうしたの?」と驚かれ、経緯を説明すると「ホントに良いの?」と店員に3回ほど確認されました。
それでも約束は約束ですし、翌日の友人達の驚く顔が見たくて、意思を変えるつもりは無い事を伝え、散髪スタート。
最初は「おぉ~」という新鮮な驚きと、変わっていく自分の髪形に感動すら感じていました。
しかし、どんどん短くなっていく自分の髪を鏡越しに見ていると、何故だか急にが出て来そうになり、自分自身がビックリしてしまったのです。
特に悲しかった訳でもないのですが、結構な衝撃を受けたのは、今でもハッキリと覚えています。
散髪屋を出る頃には、何だか燃え尽きたような寂しさが胸をよぎり、頭も心もある意味でサッパリしたような気がしました。
まぁ、くだらない勝負に真剣になってしまったカリメン2号が悪いんですけどね。
こんな経験から、改めて女性にとって髪は命なのだなと実感する出来事でした。

今回はこんな感じです。
前回、ブログで言いましたライトノベルの紹介は、カリメン1号のOKを貰いましたので、2月の下旬ぐらいに販売促進の宣伝を、このブログでぶっ込ませていただきます。
次回は、なんとか映画評論をアップ出来そうです。
楽しみに見て頂いてる人には、お待たせいたしました。(果たして、そんな人が居るかは微妙ですが…。)

カリメン2号

これ、持つだろうか…。

Posted by カリメン1号・2号・3号 on   3 comments   0 trackback

新年早々ブログをアップしたのに、テンションが上がらないカリメン2号です。
ここ最近は、無いやら暗い話題のアップになっていたので、本の紹介をしようと思います。
しかし、今回紹介する本は、キツイ、キワドイ、クライ3K本です。(色々な意味で)
何故に、そのような本を紹介するのかというと、友人との飲みかで話題に上がったからです。
と言っても多くの人が、一度は触れたことのある本だと思います。
高校の教科書にも載っている純文学ですから。
そう、知っている人は知っている言わずもがな、夏目漱石の『こころ』です。
読んだことのある人は「あぁ~」と納得して頂けるのではないでしょうか。

ストーリーは大学生の「私」(主人公)が、隠居したような生活を送っている「先生」という人物に興味を持っていきます。
先生の言動や思想に惹かれていく中で、奥さんが先生は自分の事を嫌っているのではと、疑念を思うようになっていきます。
そんな先生に興味を持った主人公は、過去の事を尋ねたのですが、先生は答えてくれずじまいでした。
無事に大学を卒業し、父の見舞いを兼ねて帰郷した主人公。
そんな彼に先生から、自分の過去について書かれた長い手紙が送られてきました。
それは、過去に先生が友人にした罪の告白と、奥さんのとの馴れ初めの内容でした。
そして先生は、明治天皇の死に触発された殉死者を見て、自殺する事を決意します。
奥さんには手紙の内容を伏せておくように、主人公に頼んで亡くなった行きました。

概要を書いてるだけで、へこんで来る…。
実際に読んでみると、文体もそこまで難しくは無く、ある意味で感動させられる作品ですね。(悪い意味でも心が動かされます。)
流石は文豪の名作と言ったところでしょうか。
しかし、読んでいた時の事を考えると酷いもので、どんどんと辛気臭くなり、読んでいる本人が鬱になるのではないかと思うくらいでした。
まさに、ダークサイド堕ちていくみたいな感じの作品だったように思います。
興味ある方は、読んでみてはいかがでしょうか。
割とお勧めではありますが、元気な時やテンションの高い時に読むこととをお勧めします。
そうでないと、本当にしんどい作品です。

今回はこんな感じです。
早く映画評論を上げろよって言う要望は、横に置いといて、近日中に紹介したいがあります。(まぁ、書評も掲載予定なのですが…。)
この本はライトノベルなのですが、カリメン2号にとって重大な意味を持つ本なのです。
本の紹介も含め、ここのブログで宣伝を行いたいと思っております。
その時は、よろしくお願いいたします。
また、ここのブログを宣伝という私的利用します事を、ブログを見て下さっている皆さん、共にブログを運営しているカリメン1号にも、心よりお詫び申し上げます。

カリメン2号

新年、一発目なのに…。

Posted by カリメン1号・2号・3号 on   2 comments   0 trackback

明けまして、おめでとうございます。
新たな年の始まりなのに、心機一転、何も変わって無いカリメン2号です。
毎年の事ですが、新年一発目のアップが、2月という体たらくを、解消しようとブログアップしようと思ったのですが…。
書くことが、愚痴しかない…。
まぁ、そうは言いつつも色々と想うことは、日々にの中で溜まって行くものなので。
嫌な方は見ないで下さいね。

最近は特にそうなのですが、友人と話すことが多く、「友人とは何か」ということを考える事が多いです。
久しぶりに会った地元の友人との飲み会で、色々な事を話すのですが、話の内容が哲学的、もしくは思想的な事になりやすい…。
大学で学んでいた事は、バリバリの文系だったせいもあり、ディベートやディスカッション(友人が曰く、穴だらけで突っ込みやすいらしい)が割と好きなのです。
まぁ、根本的に面倒臭い人間である事は確かなようで、友人たちには迷惑ばかり掛けているような気がします…。
そうは言うものの、この性分は直らず(まぁ、直す気も無いですが)、これからも付き合っていくのだろうと思うのです。
しかし、大学の友人が言っていた事が思い出され、時々、このままで良いのだろうかと考える時もあります。
その友人が言うには「何ものにも、疑問を持たず、思考を停止する事が、一番怖い。」と何時も言っていました。
今になって、何となく分かって来たように思うのですが、この「思考」というやつは、社会生活や仕事をしていく上では、大いに邪魔になる事があるのです。(ケース・バイ・ケースですが)
カリメン2号が思うに、社会への適応力や柔軟な順応性とは、適度思考停止が必要になって来るのではないでしょうか。
自分も何時も、頭をフル回転している訳ではないですが、他の人よりも無駄な思考をしている事が多いように思うのです。
いわゆる「思考遊び」と言うやつですね。
答えの無い思考と応答の繰り返し、生きていく上では、全く必要性の無い思考遊び。
しかし、これを止めてしまうと自分自身のアイデンティテーが損なわれるような気がするのです。(きっと、気のせいなのは分かっているのですが…。)
最近は、それが怖くて堪らなくなる時があります。
自分がゆっくりと渇いていく感覚とでも言いましょうか。
あぁ、きっと友人は、この感覚に怯えていたのだなと思う、今日この頃です。

今回はこんな感じです。
やはり書きたい事が、まとまっていない…。
それに、新年一発目のブログから、暗いですね。
次回はもっと、明るい話題をアップできれば良いなと思っています。
正直に言いますと、映画評論をアップしたいのですが、元気があるか微妙ですね。

カリメン2号

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