連れ連れなるままに・・・

日々の日常の中で、ふと感じたことを気ままに書いています。 最近観た映画や読んだ小説などの感想、趣味の紹介なども書いていこうと思います。

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Posted by カリメン1号・2号・3号 on

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映画評論17

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久しぶりすぎて、もうブログが更新されないのではないかと思った…。
カリメン2号の私生活に色々とありすぎて、更新が遅れました。
たいへん申し訳ありません。(土下座の王様風)
もう冬の季節となり、白銀の世界がまた訪れるのかぁと、感傷に浸ってしまっています。
今回は映画評論をアップするのですが、最新作といえるほど新しくないかもしれません。(もちろん、土下座の王様ではありません。)


『そして父になる』
 第66回カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した『そして父になる』は、『幻の光』で映画監督デビューした是枝裕和監督作品である。国内外でも評価の高い監督で、『誰も知らない』では第57回カンヌ国際映画祭で主演を務めた柳楽優弥が最優秀男優賞に輝くなど、海外からの注目度は高い監督である。本作の『そして父になる』では、映画祭の上映後にスタンディングオベーションが起こり、高い評価を受けた。
 ストーリーは、福山雅治の演じる野々宮良多と妻のみどりとの間に生まれた、6歳になる一人息子の慶多が、実は出産時に取り違えられた、他人の子供であったという。血の繋がった実の子供は、斎木家の琉晴だということが分かる。ショックを受けたが、取り違えられたもう一組の家族と対面し「子どもの将来のために結論を急いだ方がいい」という病院の提案で斎木家と交流を始め、子供たちの交換を図っていく。
 映画のファーストカットで親子の関係性が明確に表現されてるあたりが良い。親子関係の希薄な良多と慶多が小学校の入学面接から映画が始まる。こうでありたいという願望の表れと、そうではない現実の対比が描かれており、まるで野々宮家と斎木家の対比のようなものでる。映画の各所で、この二家族の対比が描かれてる。父親の性格や経済状況、子供の数に至るまで、徹底した家族対比が行われている。これは血と共に過ごした時間の対比もそうである。また演出として多くの場面で、ピアノが印象的であり、息子と一緒に和音を奏でるシーンは、端的に親子関係を表現していたように思う。慶多は斎木に行っても、ピアノを続けなければならないのかと、みどりに聞くシーンは親子の絆の確認を表現している。そしてカメラ(写真)を演出も良く、子供の視線がそのままにカメラで表現され、その中には確かに父親の姿があった。それは父親とは何か、親子関係とはということが子供の目線で表現され、子供にとってどんなにダメ親父でも「父親」なのであると再認識させられる。
 現代では親子関係もさまざまで、主人公である良多の父親との関係も、決して良好なものではない。総評としては悪くないのだが、子供の慶多の心理描写が少なかったのが残念に感じる。父親を中心に構成されているのは仕方がないが、子供の機微がカメラの写真だけでは、さすがに味気ないように感じてしまう。また、夫婦関係についても衝突はあったのだが、そこからか変わっていく心の変化が少なく感じてしまった。ライティング関しては違和感なく見れ、表現も心理描写を捉えられていた。音声はピアノの音楽を上手に使っており、感情移入がしやすいようになっていたと感じる。しかし、演技に関しては父親である良多の変化が、あまりに急なように感じられてしまい、若干ではあるが観ているときの意識が切られてしまう印象を受けた。それを差し引いても安定しており、とても鑑賞しやすい映画作品に仕上がっていた。

今回は短いですが、こんな感じです。
うーん。
書きたい事がまとまらない評論になってしまった…。
最近は評論(特に文章を書くこと)を書いていないので、ひどい仕上がりになってしまいました。
次回は決まっていないのですが、評論を書ければ良いかなと思ってます。
まぁ、気長に付き合っていただけると嬉しいです。

カリメン2号

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