連れ連れなるままに・・・

日々の日常の中で、ふと感じたことを気ままに書いています。 最近観た映画や読んだ小説などの感想、趣味の紹介なども書いていこうと思います。

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Posted by カリメン1号・2号・3号 on

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映画評論13

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夏が始まるよ。
ほらまた、君の傍で~。
(牧原さんの「冬が始まるよ」より)
暑い日々が続いてる中、少し夏バテ気味カリメン2号です。
こんな日は、外でかき氷が食べたい!!と思ってしまう。
花火でもしながら、月見酒と洒落込みたところですが、そうもいかないのが実情。
今回は久しぶりの映画評論です。
見てくれている人がいるか、微妙なところですがアップします。
割と最近に公開した『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』です。
ネタばれもありますので、嫌な方は見ないで下さいね。


『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』
 近現代史の教科書に必ず載っている、イギリス史上初の女性首相マーガレット・サッチャー。その強硬な性格と政治方針から「鉄の女」と呼ばれた彼女の半生を、名優として名高いメリル・ストリープが、絶妙な演技で演じてみせた作品だ。第84回目のアカデミー賞ではストリープが主演女優賞を受賞した。監督はフィリダ・ロイドで、大ヒットを記録したミュージカルを映画化した「マンマ・ミーア!」の監督である。
ストーリーは、まさにサッチャーの半生そのものと言える。政治家である父親の影響で政治家を志すようになったマーガレットは、1975年に50歳で保守党党首に選出され、4年後にはイギリス初の女性首相となった。国のあり方を変えるため男性社会の政治の中で孤軍奮闘するマーガレットは「鉄の女」と呼ばれるようになる。そんな彼女にも夫を愛する妻や子育てをする母としての顔があり、知られざる孤独と苦悩があった。女性である一面を押し殺しながら、政治家として長く戦ってきたマーガレットが、一人の女性へと回帰していく物語となっている。
 映画である以上は、やはりファーストシーンに集約できるだろう。マーガレット・サッチャーは庶民派政治家で、商店出身であることからスーパーでミルクを買うシーンから始まる。室内での照明など陰影を付けているところなどは、マーガレット・サッチャーという人物像の二面性を表している。政治家としての彼女と女性としての彼女という二つの側面が見て取れる。また、劇中に挿入される音楽や演劇、服装にも細やかな演出が見て取れ、舞台劇のような演出はマーガレットの、波乱に満ちた人生そのもののように思える。音楽には「私と王様」が使われており、ここでの王様とは愛する夫のデニスであり、政治家としての理想像の象徴なのだ。夫のデニスが死んだ後も、彼の幻影がマーガレットに助言したり、彼女を助けたりするが、これは政治家としての彼女の信念であり、男性的なマーガレット自身なのだろう。デニスの幻影が消えた時、マーガレットは女性的な側面を取り戻してゆく。服装も男性社会の政界では黒色が目立つが、マーガレットは青色を基調とした服装であったり、靴がヒールであったりと「女性」のアイデンティティーを前面に押し出している。
 この映画で一貫しているテーマとは「決断の出来ない男性社会の痛烈な批判と女性としてのアイデンティティー」という事ではないだろうか。草食系男子という言葉が、世間一般から聞こえるようになり、男性の女性化に伴い、女性の男性化が目立つように思える。ここでジェンダー論を語るつもりはないが、激動であったテロや戦争、経済危機など政治家として戦わなければならなかったマーガレット・サッチャー。本当ならば男性社会であった政治家が行わなければならなかった決断を、女性である彼女が行うことで、ためらう意志の弱い男性への痛烈な風刺になっている。しかし女としてのアイデンティティーである女性らしさを、無くしてはいないところが、この作品の良いところだと思う。描かれたサッチャーは、最後まで色のついたスーツを身にまとい、ヒールを履いて政治を行っていた。ラストシーンには「家で食器を洗う女性にはなりたくないの」と言っていたマーガレットが、自分で飲んだ紅茶のカップを洗うシーンがあった。その表情は女性らしく、気品があり穏やかであった。そんなメリル・ストリープの演技が映える作品だった。

今回は割とガチな映画評論だと思います。
間違いや意見などがありましたら、コメントいただけたら嬉しいです。
一応ですが、リクエストも受け付けていますので。
次回は何にするか決まっていません。
まぁ、余裕があれば映画評論をアップしたいです。

カリメン2号

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今、このセリフを贈ろうと思う。

Posted by カリメン1号・2号・3号 on   0 comments   0 trackback

どうも。
久しぶりのブログ更新をしているカリメン2号です。
このブログも、閑古鳥が鳴くような状態が続いているのですが…。
まぁ、見てくれてる人もいないと思うので、のんびりと更新していこうと思う。
今回は独り言だが、発言に問題がある場合があるので、その部分をご了承ください。
現在、多くの報道番組でいじめの問題が、取りざたされている。
いじめ」という単純な言葉では片づけられない、人間を死に追い込むような事件が起きた。
これは、歴とした殺人事件である。
いじめている側の言い分は、ただの遊びだの何だのと、見苦しい言い訳をしていいるようだが、いじめをされている方からすると、それはまさに死活問題なのだ。
人としての居場所を奪い、尊厳を奪い、魂までも奪う行為に他ならない。
カリメン2号もいじめを受けていた経験があり、その当時の記憶は曖昧でハッキリとしていない…。
また、最悪なことに他者をいじめた経験もある…。
今思い出しても、虫唾の走る行為だと自覚しているし、未だに思い出しては、自己嫌悪に苛まれることがある。

今現在、いじめ行為を受けている人に言いたいことがある。
本当に信用できる大人を頼って、助けを求めてほしい。
人には言わないと分からない事もあるし、助けを求めることは逃げることでは無い。
「助けて」と誰かに言う、勇気を持ってほしいと思う。
その行為は、逃げることではなく、闘っている証拠でもあるのだから。
中には「いじめられる方にも、問題があるんだ。」愚かな発言をする、クソ野郎もいるかもしれない。
いじめられる側に問題があるなんてことは、絶対にないと断言できる。(この場合は、その環境がいじめられる人物を問題化している)
いじめが出来てしまう環境を、作り出している集団の管理者の無能さ、その共同体に受け入れるだけの許容能力が無いということ。
それをただ見ているだけで、行動を起こせない脆弱な傍観者たち。
人の居場所なんてものは、学校や職場だけではないのだから…。
今の場所じゃないと生きれない人間なんていない。
経験者からのメッセージとして、聞いてくれればいいので。
だからこそ「死」という最も悲しく、大切な人たちを傷つける選択をしないでほしい。
まぁ、カリメン2号も強い心を持っている方ではないし、他人の目を気にしながら生活をしている現状ではあるが…。
色々な意味で、カリメン2号が言えたことではないのだが…。

そして、いじめをしている人たちへ。
いじめは人間のとる最低の行為だ。
いや、そもそも人間の行為じゃない畜生の行為。
人間としての良心というものが、多少でも残っている人ならば、必ず今の行為を後悔することになるし、その自責の念は未来永劫、自分自身に付きまとい、苦しみを受けることになる。
まるで影のように、何処までも自分の心に付いてまわる。
この意味が理解できないほど、人間としての心が壊れているのなら、精神科の隔離病棟に入って余生を過ごすか、人間としての生き方をやめた方が良い。
そのような人物は、人間社会には必要ないので。

今回はこんな感じの独り言です。
独り言にしては、長々と色々なことを話してしまった…。
色々と暴言があったと思うが、ご容赦ねがいたい。
次回は映画評をアップできれば良いのですが…。
何とも言えませんね。
最後にカリメン2号が好きな作家、乙一さん原作の映画『死にぞこないの青』から、このセリフを贈りたいと思う。
「この世で、最も軽蔑するモノに、負けるな。」

天の川って食べれるの?

Posted by カリメン1号・2号・3号 on   0 comments   0 trackback

キラキラ光る、夜空の星よ~。(はぁ~)
ここ数カ月で色々とあったカリメン2号です。
手術とか、手術とか、手術とか!!
靱帯を悪くして、それほど緊急ではなかったのだ…。
手術しないと治らないと言われ、そんな大した手術ではないだろうと思っていた。
しかし、思いのほかガチの手術だった…。
現在はリハビリ中。

夏が近づいてくると、夜が綺麗に感じる。
七夕ということで星空が綺麗に見えると良いなぁと思います。
しかし、独り身のカリメン2号にとって、カップルイベントは苦痛の何物でもない。
チクショー!!
一年に一回は、天の川を渡って恋人同士が再会を果たす。
でも…。
天の川なんて、ずっと渡れなければ良いのにと愚痴るカリメン2号でした。

カリメン2号

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